贈る物語 Wonder Terror Mystery

瀬名秀明編の「Wonder」はハードカバーで持っていたんだけど、宮部みゆきの「Terror」と綾辻行人の「Mystery」は既読の作品も多く、購入をためらってたんですが文庫落ちしたのをきっかけに全部そろえてみました。
SF、ホラー、ミステリという編者それぞれの得意ジャンルから選りすぐった作品だけを集めた短編集。各ジャンル初心者の入門書としての色合いが強いですが(特にMystery)、もちろん上級者も楽しめるセレクトになってます。
一冊ずつ感想を書いてもいいんですが、折角3冊全部読破したので、ここは一つジャンル横断で個人的に気に入った作品を上げてみたいと思います。


以前に「Wonder」だけの感想を書いたときにもこの作品を挙げましたが、やっぱり何度読んでも好きです。SSとしての驚きあり、文学作品としての描写の美しさもあり、私が望む小説に必要な要素が全て詰め込まれた(そして「不要だ」と思う要素が何一つ入っていない)非の打ち所のない小品。

タイトルから内容の想像が全然つかなくて、読み始めたら絶句。そして爆笑。
パスティーシュって大好きなんですが、なかなか「いつ(もとネタとの関係で古臭くならない)、誰が読んでも(内輪ネタに終始しない)」面白いパスティーシュってめぐり合えないものです。でもこれは絶品。こういう芸のある作品って好きだなあ。
紹介してもいいんですが、是非この作品はノーインフォメーションで触れて欲しいです。そして笑ってください。

他にも皆川博子とか赤江瀑とか好きな作家は結構書いてるんですが、なにぶん超短編だったのでいまひとつ印象に残らず。


今さらと言えば今さらなんですが、人から伝え聞いた話だったり、どこかの子供向け「こわい話」の本で多少脚色された話を読んだりとか、そんな形で幼い頃にこの作品と出会い、「背筋の凍るような怖さ」というものがどういうものかを身をもって知った方は多いのではないでしょうか。私は小学校に入ったくらいのときにこの作品に出会い、この物語がしっかりと記憶の中に刻み込まれているため、「怖い話」というと反射的に、見たことがないはずの、あの不気味な猿の手がぴくりと動くところをいつも想像してしまいます。

  • オレンジは苦悩、ブルーは狂気(デイヴィッド・マレル)

これは初見でしたが、冒頭から好きなテーマだったので引き込まれて読んでしまいました。ある異端の画家に魅せられた友人。そして彼は画家の不遇で数奇な生涯を詳しく調べるうちに、彼の画に秘められた恐るべき秘密を知る……後半の展開はあんまり好みじゃないんですが、でもびっくり。こういうオチとはねえ。


  • 妖魔の森の家(J.D.カー)

これもまあ、何と言うかベタベタにベタな選択なのですが、やっぱり面白いものは面白いです。何度読んでも、初めて読んだ時の驚きとか興奮とかが蘇ってきます。そのドキドキ感というのは怖いホラーや何かを読んだときとはまた違う、「ああ、これが推理小説というものなんだ」っていう感覚なんだと思うのです。もちろんドイルも横溝もクリスティもその前に読んでいて、それはそれで当然面白かったんですが、私にとって一番最初に『「本格」の面白さ』を教えてくれたのはカーでした。

ミステリとしてはこちらよりノックスの「密室の行者」のほうが「やられた」感はあるのですが……連城三紀彦って、この作品にしても「戻り川心中」にしても、ちゃんとしたミステリなのにものすごく文章が叙情的なところがとても好きです。それと自分は(仮にどんなに文章が上手くなったとしても)絶対にこういう文章は書けないと思うから、ないものねだりでこの作品を挙げます。
どうでもいいですが、この作品に出てくる岩さんがどうしてもいかりや長介に見えてしょうがない。


「読者への挑戦」形式の鮎川哲也の「達也が笑う」も良かったんですが、なにぶん私自身犯人が速効で分かってしまったので、とりあえず次点。面白かったですけどね。


追記:これから読まれる方へ。どの本も各作品の前に、編者からの軽い紹介文が載っているのですが、宮部みゆきの「Terror」については、ぜったいに紹介文は後から読むことをお勧めします。
本人も後のほうで書いているのですが、かーなり作品のオチばらしに近いことを書いてます……。