『紙の空から』スティーブン・ミルハウザー他、柴田元幸編訳・『空中スキップ』ジュディ・バドニッツ、岸本佐知子訳

紙の空から空中スキップ

 聞き比べ、ときたら次は読み比べの話ですよね。
「星の王子様」しかり「ライ麦畑」しかり、最近は色んな訳者が同じ本を翻訳することが多くなりました。
原語が分からない、でも海外文学は読みたい読者としては、読み比べができることは嬉しいかぎりです。翻訳文は訳者というファクターを通さなければならず、その過程においてどうしても翻訳者のカラーが附加されてしまうため(これもまた翻訳文を読む楽しみのひとつではあるのですが)、「この訳は本当に原書の持つニュアンスを正しく伝えているのだろうか?」という疑問がわくことがしばしばあります。
 そういう場合、複数読み比べられるととても嬉しい。訳者の持つ癖や文体、傾向がはっきりするだけでなく、複数の文体を透かして、原書の持つ独特の文体があぶり出しのように浮かび上がってくるような気がします。
今回取り上げた2冊には、いずれもジュディ・バドニッツの「順路」(原題は「Directions」岸本訳では「道案内」と訳されている)が収録されており、柴田元幸バージョンと岸本佐知子バージョンの二つが楽しめます。
 最初に読んだのは柴田バージョンだったのですが、文体から想像したイメージは知的で硬質な文章を書く作家。発想の奇抜さと、文体のやや澄ました感じのアンバランスから、「私は単なる優等生じゃありません」的な女流作家を彷彿としました。
これに対して岸本バージョンは、『空中スキップ』というタイトル通り、今にも地面を蹴ってふわりとどこかに飛んでいってしまいそうな軽やかな感じ。頭の中から妄想が溢れて仕方がない作家が、思いつくままにどんどん書き進めていったようなスピード感があります。
 原書に忠実な翻訳はおそらく、柴田訳のほうなのでしょうが、この作家の持つ雰囲気自体は何となく、岸本訳のほうが近いように思いました。岸本佐知子がエッセイで書くときの文体に(内容もか)かなり近いため、岸本さん自身この人の文章が肌に合うんじゃないかなあという気がします。
まあ、どちらが良いとか悪いとかっていう問題では全然ないんですけどね。
 今度は「ロング・グッドバイ」と「長いお別れ」の読み比べに挑戦しようかな。